人生50年と言われた過去がある。これは49歳にして本能寺に散った織田信長をイメ−ジさせるのだが、その
生涯とともに、彼が好んで舞ったという「敦盛」の「人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなり。一度生を享け、
滅せぬもののあるべきか」があまりに有名なことの影響もあるかも知れない。ただ昔は幼児の死亡率が高かったため、平
均年齢をかなり引き下げて
いたようで、同じ時代でも徳川家康のように波乱万丈の過酷な人生でありながら、74歳という現在とあまり変わらない
年月を生き抜いた人たちも多い。
さて今日は人の遺伝子の解析も進んで、人の寿命の限界は125年であるということまで解明されつつある。食糧事情
の改善や医学の発展によって今や人生80年といわれる時代となった。一般的にいうならば、20歳までが一人前に
なるための生育期間。60歳までが仕事する労働期間。そして老後の20年である。
人は自分の余命の範囲で将来を考えるという。30歳の人は50年ぐらい先までの将来を考えるのだが、60歳になると
20年ぐらいしか考えなくなる。つまり自分が死んでしまった将来まで考えてもしょうがないということのようだ。
もちろん人の一生は個人差がかなりあるから、自分が生きるであろうと考える年齢から現在の歳を引いたのが余命であれば、
確かにそうした範囲で将来を考えるのかも知れない。
地球環境問題、特に温暖化の問題が議論されている。予測によるとあと70数年後にいわゆる臨界点を超え、劇的に地球環境が
変化するという。70数年後というのは、どうせ生きていないのだからということで、なかなか真剣に考えられないかも
知れないが、せめて子や孫の世代のを想い、自分たちの世代がしなければならないことを考えてみたいものである。