1987年 1月
忘れる善し悪し

  “初心を忘れず”ということを座右の銘にしています。という人によく会う。つまり初心というのは よく忘れてしまうものであるから、忘れないようにしようということなのであろう。初心にかぎらず 人間というのは、時間の長さに比例してよく物忘れするものだ。昨今では“ぼけ保険”なども売り出 されているぐらいで、高齢化社会の進展に伴って、特に老人のぼけの問題がとかくとりざたされてい る。

  ぼけ老人は極端にしても、人間はよく物事を忘れるものだし、もっともこの忘れるということは なにも悪いことばかりではない。たとえば不幸な出来事は早く忘れたほうが良いし、忘れることこそ が必要なこともある。往々にして、忘れてしまったほうが良いことはなかなか忘れないで、覚えてお くことが必要なのに忘れてしまうことが多いのが人間であると言えよう。

  大型間接税の導入はいたしません。国民の反対するようなマル優の廃止はいたしません。繰り返し公 約しながら行われた八十六年衆参同日選挙。フタを開けてみたら、自民党三百議席を超える圧勝である。 半年後。戦後税制の枠組みを大きく変えるといわれる六十二年度税制改正大綱では、物を売ることによ ってかかる売上税。マル優は一部老人マル優等を除き廃止である。

  鶏は三歩あるくと忘れてしまうそうだが、風見鶏の場合には半年で方向が逆転するようだ。忘却とは 忘れさることなりに違いないが、“公約とは忘れさることなり”にはしたくないものである。


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