元気な子供たちの姿には何かほほえましいところがあるものだ。先日、子供会の旅行に同伴した時
のバスの中での出来事。ガイドさんが「それでは皆さんの学校での得意な教科を教えて下さい」と
いい、「算数は」と言った時、子供たちは一せいに、大声で「シーン」と言って顔を横に向けたの
である。「体育」などと言うと「ハイハイ」とうるさいぼど手を上げるし、「シーン」には否定的
な場合にもただ黙って下など向いていられないという元気さがある。
おとなしいという言葉は「音無し」から来たものか、大人らしいがつまって大人しいということに
なったのか。いずれにしても子供がおとなしいのは不自然なことに違いない。子供に対する大
人の意味は、人間として十分に成長した姿を示し、幅広い心ということだろう。子供の時、子供心
に考えた大人の世界は、おちつきのある確固とした信念に基づいた整然とした世界に思えたものだ。
しかし光陰矢のごとく月日が流れ、年齢的には大人と言われる年代になってみると、大人の世界は
ただ子供らしい元気さだけがなくなったもののように思えてならない。
仕事を頼むなら忙しい人に頼めと良く言われる。忙しい人の方がバイタリティーがあり、何とか消
化してしまうが、元気のない人は初めからムリだとか言ってことわってしまう。「シーン」という
ような連鎖反応の元気ではなく、そして大人らしい「まあまあ」でもなく、主体性に裏うちされた
大人の元気がある生活(くらし)をと願いたい。