1984年 4月
沈黙は金なり

  外国人留学生による日本語弁論大会というのが毎年開かれている。日本における生活体験の中から、 日本あるいは日本人についていろいろな意見が発表され、なかなか面白い。ある参加者は日本語につ いて次のように述べていた。「日本で初めに教わった言葉は“こんにちは”とか“ありがとう”とい うものだったが、実際日本人が一番使うのは“どうも”という言葉ではないか。ありがとうの代わり にどうも、こんにちはの代わりにどうも、という具合で、実に便利な言葉だ。なぜこの“どうも”を 教えてくれないのだろうか」という意見である。

  言葉は思考の基礎であり、言葉によって考え、言葉によって意思が通じる。霊長と呼ばれる人類の、 他の動物と決定的に異なる特徴と言えば、手によって道具(火)を使い、そしてこの「言葉」を持って いるということだろう。コミュニケーションの最大の担い手である言葉は、その便利さゆえに時々使 う人を困らせる。

  言葉によって人間関係をまずくした失敗談をよく聞くが、そのほとんどのケースというのは「言っ てしまった」ことの反省であり、「言えば良かった」という後悔はごく少ない。こうした経験から特 に日本人は言葉をあいまいにする傾向があるのではないだろうか。主語を略するのも得意だし、「ど うも」のようにその後にくる本来の言葉を略してしまうこともある。「沈黙は金なり」などと考える のではなく、正確な言葉を使うよう心がけたいものである。


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