“田中症候群”とでも言うべき症状が、今、日本をとりまいている。総理大臣在職中の犯罪を裁
いたロッキード裁判は、田中元首相に懲役四年の実刑判決を下し、第一審の幕を閉じた。この判
決を受けて、毎日新聞社の行った世論調査では、九〇%の国民が、田中元首相は当然国会議員を
辞職すべきだとの態度を表明している。
しかし一方では、こうした数字が意外に思えるほど、田中擁護の弁を聞く。こうした声の中に
は、「何も彼一人がやっているのではない。誰でも多かれ少なかれやっていることだ」。と言う
ものや、官僚支配の中で“ブルトーザー”と呼ばれた彼の政治力を期待するものなどさまざまで
ある。裁判は起訴された被告人を裁いたが、この事件の本質的な問題は、金権体質という体質そ
のものにあると言えよう。
金を中心に物を考え、金や物によって人や組織を動かすという考え方は、なにも政治の世界ば
かりではない。外国から奇跡と言われたほどの経済成長を成し遂げた日本人の中に、当然のよう
に育ってきたものに違いないし、多くの国民がこうした体質を持っているのではないだろうか。
政治倫理の確立を求めると同時に、日本人の多くが、“田中症候群”の中にいることを自覚し、
それぞれの立場の人が、自らと自らの組織を顧みてみる必要があるのではないだろうか。戦後最
大と言われる汚職事件による激動を、新しい日本人への飛躍の胎動としたいものである。