1982年11月
本能そして学習

  大学生が、子供の声やテレビの音がうるさいという理由で、隣家の家族を五人も殺害したり、若い父親が我が 子がうるさいからと、床に落として死亡させる等、人間としては考えられない殺伐とした事件が時折、報道さ れ、世間を驚かせている。こうした、どこかで歯車のくるっている事件を見るにつけ、愛情というものが人の 基本として存在しなければと、つくづく考えさせられる。

  地球が生まれてから四十六億年、生命が誕生してから三十数億年という歴史の中で、生物はダーウィンが進化 論で説いているように進化の歴史をたどり、今日、人類という生命が地球を支配し、栄えている。進化はこの 膨大な時間の中で徐々に行われたものだが、その中で、爬虫類の一種から体温がだんだん恒常化し、子を卵で はなく母の体内で育てる哺乳類が生まれたことは、特筆に値する出来事であった。

 哺乳類の誕生は、体温を恒 常化することによって、圧倒的な活動力を生みだし、子を親が保護するという行為は、子孫の繁栄に重大な影 響をおよぼした。こうした中で、親は本能として愛情を持って子を育てることが、必須の条件になったと言わ れている。子育てが親の本能として、愛情を持って行われる中で、家族やグループに対する愛情をもつちかい、 連帯して生きている姿は動物社会に多く見られるところだ。

  人間の場合は、親から受け継ぐ本能だけでなく、その脳の大部分は、生後の環境、すなわち個人の経験と学習 によって作られることが明らかだ。冒頭の事件はむろん極端な人の話だが、こうした人が生まれてくるのは、 彼らをとりまく環境の中に、そうした要因が含まれていると考えざるを得ない。赤ん坊は母親との肌のふれ合 いの中に、愛情を感じるといわれているが、こうしたふれ合いのある、心豊かな社会であり続ける努力を、求 められる時代なのかもしれない。


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